晩秋の名古屋城
(2014.11.27撮影)

名古屋城について
関ヶ原の戦いに勝利した徳川家康は、慶長14年(1609)豊臣方への備えとして名古屋城の築城と、清州から新城下への街
まるごとの引っ越しを決定、この新たに造られた碁盤割の街が現在の名古屋の原型となり、町や橋の名前も受け継がれている。
慶長15年(1610)名古屋城築城に当たって徳川家康は、加藤清正、福島正則ら西国大名20家に普請(土木工事)を命じた。
これを天下普請という。天守や櫓の作事(建築工事)は小堀遠州、中井正清らに命じられ、慶長17年(1612)にほぼ完成した。
尾張初代藩主として家康九男の義直が入り、以降名古屋城は御三家筆頭尾張徳川家の居城として栄えた。

名古屋城本丸御殿は、文献や古写真、実測図、障壁画など多数の豊富な資料が残されており、史実に忠実な復元が可能であるため、平成21年
(2009)に復元工事に着手した。そして平成25年(2013)5月29日、玄関と表書院の公開が始まった。全体の完成は平成30年(2018)をめざしている。
(名古屋市発行の「名古屋城」パンフレットより抜粋)

今年は晩秋の名古屋城に出かけた。市バスで「名古屋城」で下車し、正門から見学コースに沿って巡ることとした。西之丸の「カヤ」の木を見て「西南隅櫓」、
「東南隅櫓」を経て「清正公石曳きの像」、二之丸広場、二之丸庭園では見頃の紅葉を見ることができた。少し戻って「表二之門」を通り「本丸御殿復元工事現場」
を見学した。一部ではあるが当時の御殿が復元されており「表書院」の様子を見ることができた。表に出て「清正石」、「旧二之丸東二之門」を見てからいよいよ
「天守」へと向かう。天守の最上階からは紅葉の街並みも観賞できた。天守を出て「不明門」をくぐり「西北隅櫓」、西之丸からの天守の姿を見て帰路についた。

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